夏真っ盛りの蒸し暑い夜、日付が変わって少し経った時刻。
此処は銀座の大帝国劇場。
他の人たちはとうに寝静まっている中で支配人室にだけ明かりが点いていた。
「支配人、見つかりましたか?」
「うんにゃ、何処へやっちまったんだか・・」
ガサガサと音を立てて探し物をしているのは支配人の米田一基。
さらにもう一人は副支配人の藤枝かえで。
「もう!だからあれ程気をつけて下さいねって言いましたのに!」
「いや、確かこのあたりに置いてた筈なんだがなぁ」
「机に書類ばっかり積み上げちゃうからですよ!」
普段は然程怒る事の無いかえでが何故こんなにカリカリしているのか。
それは、米田が失くしたものがかえでにとって大切なものだからである。
「ついでにご自分のペンも見つけちゃって下さいね」
「分かった、分かったからもうちょっと・・!」
米田が失くしたのは、かえでに借りたペンであった。
それが普通のペンならここまで必死に探したりはしないかもしれない。
だが、米田が失くしたのはかえでの姉、あやめが使っていたペンだった。
あやめの数少ない遺品の一つであり、かえではそれをとても大切にしていた。
「あぁ、もう一時だわ。ちょっと休憩しましょうか?支配人」
「ん、あー、気にすんな。俺はまだ探さねぇと」
米田は多少責任を感じているのか、意地を張って休もうとしない。
かえでが更に言い募ろうとした時、懐かしく響く声があった。
(支配人、かえでの言う通り一度休まれた方が宜しいですわ)
「・・・・・何か言ったか?かえで」
「・・・・・いいえ?支配人こそ、何か?」
(ちょっと。酷いんじゃない?二人とも)
再び聞こえた声と共に徐々に浮かび上がるその姿。
「あ、あやめ姉さん?姉さんなの!?」
「・・俺の目がおかしくなったのか?」
(かえで、元気そうね。支配人も)
「しかしまた、何であやめくんが・・」
はっきりと見えたその姿は、帝劇の前副支配人であった藤枝あやめ。
先の戦いで逝ってしまった彼女が何故此処に現れるのか。
(ちょっと来てみたら騒がしかったものですから、ね)
「だって、姉さん!支配人ったら私のペン失くしちゃったのよ!」
(ペン?それ、どんなペンなの?)
「姉さんが使ってたやつよ。白とオレンジの市松模様の!」
チラリと横目で自分を見やったあやめに猛然と抗議するかえで。
隣でバツの悪そうな顔をする米田が心なしか小さく見える。
あやめは少し考えて、何かを思い出したようにかえでに指示する。
(あぁ、あのペン。かえで、本棚の一番下、開けてご覧なさい)
「一番下って、あそこには帝都の史記しか入ってないんじゃ・・」
(いいから、開けてみなさい。よく探してね)
「ちょ、ちょっと待て!かえで、そこは・・!!」
(支配人?何かありまして?)
「い、いや、その・・・」
言われるがまま、開けてみたかえでは仰天した。
確かに帝都の史記はそこにある。
が、いつもと逆の戸を開けてみると仕切られたスペースが。
そして、米田が隠していた酒の一升瓶と、その奥にかえでのペン。
「あー、見つかっちまったぁー」
米田がガックリ肩を落としている。
(支配人、お酒を出した時に落としたんですよ)
「こんな所お酒に隠してたなんて!支配人!!没収ですからね!」
(まだそんな所に隠してたなんて思いませんでしたわ)
とりあえず大切なペンが見つかった・・が、見つかってはいけない物も見つかった。
「あー!かえでのペンも見つかったし、あやめくんも居るし!酒盛りといこうや!」
とっておきが見つかり自棄になった米田が開き直って徳利を取り出す。
しかし当然、かえでが即座にそれを取り上げる。
「駄・目・で・す。こんな時間から飲むなんて」
「なんでぇ、いいじゃねぇか、ほんのちょっとだろ」
『何かおっしゃいまして?支配人?』
二人が全く同じ笑顔で米田を見る。
正直、米田にとってこれほど怖いものはないだろう。
降魔を相手にするよりも、この二人を敵に回す方がおっかない。
「・・・な、何でもねぇ」
『よろしい』
「おめぇら、ホントによく似てるよ。全く」
顔を見合わせる藤枝姉妹にボヤく米田を尻目に、姉妹はドアへ向かう。
「姉さん、いい機会だし色々聞いておきたいわ」
(そうねぇ、じゃあ部屋に行きましょうか)
「じゃあ。支配人、失礼します。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
ポツンと一人支配人室に取り残された米田。
肩を落としてため息を吐く。
「・・俺、支配人、だよなぁ?」
あとがきのようなもの
えー。あやめさんマジで化けて出ちゃった!
『何かおっしゃいまして?』って言わせたかったんです。
姉妹に共演して欲しかったんです。
ちょっと最近ギャグテイスト多いですが。
支配人のペンはあの後、支配人室の観葉植物の鉢の横で見つかる設定。
あやめさんの遺品のペンは捏造設定ですけどね。
白とオレンジって言ってますが、楓の葉の色って感じで。
そのペンを見て欧州に居るかえでさんを思い出すあやめさん、的な。
それにしても支配人弱いなぁ←
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